2017年6月17日土曜日

東京のど真ん中の自碇式吊り橋代々木第一体育館

代々木第一体育館(中央支間126m、サグ9.654m、側径間44.893m;ブロック前、屋外露出部分まで。1964年9月)

設計は丹下健三、構造は坪井善勝、坪井善勝の元で川口衛が構造チーフ。
非常に稼働率の高い施設ですが、たまたまその合間に、海外のお客さんの案内の下見がてら内部を見学させて頂く機会を得ました。
外の敷地は自由に出入りして見られます。なぜか、見学者は少なく、外国人2人と日本人1人しか敷地内で見かけませんでした。

構造は、可撓性の高いメインケーブルによる吊構造を中心に、湾曲した鉄骨梁で形状を容易にコントロールできるようにした、セミリジッドと呼ばれる構造です。
主構造はケーブルですが安定しています。

屋内
この湾曲が造り出そうとした形状が、内部を見るとよく分かります。
客席は、コート中央に向かって、段数が増えていくために、中央部が盛り上がった上に凸な形状になります。このため、屋根も上に凸にしなければなりませんが、吊りケーブルは下に垂れ下がっているので、逆のカーブになります。この2つの逆向きのカーブをひとつの面ですりつけるために、川口衛が考え出したアイデアが、屋根を支えるメインケーブルに直角方向の支持材をハンガーケーブルではなく、剛な梁で屋根を支える方法でした。

吊構造の自然なカーブを損なうことなく、等間隔で並べられた梁のカーブがなだらかに変化しています。梁のカーブは力学的に自然なカーブではないので、意外と敏感な人間の感覚では違和感を感じてもおかしくないはずですが、そのような不自然さを感じません。このへんが丹下健三や坪井善勝らの巨匠と呼ばれる方達の力なのでしょう。
屋根の美しい曲面。ケーブルの曲線と客席上部の曲線が逆向きであることがわかる。ドームと吊り橋をむりやりひとつの平面でつなげなければならなかった形状。
曲げ部材が挿入されると強引さが生じ、構造合理性に満ちたシェル構造や、ケーブルネット構造の方が美しく感じそうなものですが、なぜか普遍性を感じさせる研ぎ澄まされた美しさが存在します。すごい。

屋根の内装はきれいです。2007年にアスベスト除去工事の際に改装されたのかもしれません。今後、2017年7月2日から大規模な耐震補強工事が始まるそうです。2020東京オリンピックではハンドボールの会場として使われます。
当時のプールは地中に残されたままで、表層に床材を並べています。

見学の前日までB-Liegeの試合があったはずなのに、ラインの跡など痕跡がまったくありまあせん。バレーボールのネットも支柱の穴とかないので、このままでは張れません。
どのようにフィールドを作るのかと思ったら、このフロアの上に、もう一段フロアを載せて、そこをフィールドにするのだそうです。

世界フィギュアスケートもここで開かれますが、アイススケートリンクは、スケートリンク用のフロアを設営した上に、5日掛けて水を張り凍らせてリンクを造るそうです。ほんの1,2日のためにと思うと、ものすごく稀少で誇り高い場所であることが分かります。
スケートリンク設営の様子がありましたので、リンクを貼っておきます。
http://www.jpnsport.go.jp/kokuritu/kankou/tabid/222/default.aspx
イベント設営の世界も恐るべき段取りをする世界ですね。
通路の天井は低めで年代を感じます。

ケーブル系

主構造は二本のメインケーブルによる支持で、メインケーブルから地上のアンカレイジにかかる水平分力は、アンカレイジと地盤の間の摩擦や前面抵抗ではなく、アンカレイジとアンカレイジを結んだストラット部材で反力を取るようになっています。つまり、中央支間126mの自碇式吊り橋です。鉛直分は2000tonのコンクリートブロックで反力を取っています。
フロア下のプールが不要となっても撤去できないのは、この水平力につり合わせている主構造の一部であるストラットに影響を与える怖れがあるためと考えられます。
ケーブルは1x127ロープ径52mmを31本。と1x61ロープ径34.5mmを6本の、合計37本で1ケーブルを構成しています。細いロープはロープを組合わせたときに出来る6角形の角にそれぞれ配置されています。
ロープはねじれて作られているので、捩れの方向でZ撚り、S撚りがあり、半数ずつを順番に積み上げるように配置されています。
(参考, 谷口運、ワイヤロープ技術発展の系統化調査, 国立科学博物館、北九州産業技術保存継承センター、技術の系統化調査報告 共同研究編第5集, 2012.3)

この当時、吊構造は国内初の長大吊り橋である若戸大橋が参考にされたそうです。若戸大橋のケーブルは5mmの素線を127本寄り合わせた直径61mmのスパイラルロープ55本と、5mmの素線を61本寄り合わせた直径36.6mmのスパイラルロープ6本の合計61本のロープを平行に束ねた直径508mmのケーブルです。
代々木競技場では、同じくスパイラルロープを平行に束ねたものが使用されています。

ちなみに、日本の吊り橋とロープの関係

1961 小鳴門橋, Lc=160m ストランドロープ;7x37 G/Oロープ
1962 若戸大橋, Lc=367m スパイラルロープ;1x127, 1x61
1964 (代々木第一体育館)
1968 緑川ダム吊橋Lc=188.5m、八幡橋Lc=160m パラレルワイヤ
1973 関門橋Lc=712m (1973)以降の本四架橋など パラレルワイヤ

参考、ブルックリン橋(1883) パラレルワイヤ

スパイラルロープの弾性係数はパラレルワイヤに比べると低く伸びやすいので、長大吊り橋には不向きですが、ストランドロープに比べれば高く、架設機材が小さくて済むのでロックドコイルとともに歩道吊り橋で使われます。

端部から中央に向けて16.82m広がる3次元ケーブル。本格的な道路橋の自定式3次元ケーブル吊り橋は、日本企業が設計・監理を行った韓国の永宗大橋(中央支間300m)が世界初だが、その35年前にここで作られており、その先進性がわかる。

ケーブルクランプはボールジョイントと呼ばれる球面で三次元の変形に追従する形状。これは架設時の設計・施工は楽ちん!
鋳造を建築物で使うのは珍しかったらしく、その後、大阪万博のお祭り広場の屋根(川口衛)で使われるのをピーターライスが見て、ポンピドゥーセンターで鋳物を使うきっかけになったそうです。
このコンクリートブロック内で空中スプレーされたストランドロープのアンカーがコンクリートで埋め殺されています。
ストランドロープと定着部。金物は埋まっていて見えず。
この奥に、定着構造があり、ケーブルの大きな水平力に抵抗するために、体育館の下に、アンカレイジから反対側のアンカレイジまで埋められたストラットに圧縮力が入れられています。
スプレーバンド
吊り橋のアンカレイジの中は、地下水面が近い高さにあったり、ケーブル内に侵入した水が降りてきたり、密閉空間であったり条件が悪いことから、じめじめして水がたまっていたりします。最近では奥屋内に除湿器を入れることが一般的です。
代々木体育館のアンカレイジは結露していたり、ケーブルに致命的な錆が出ていたりはありませんでした。湿度計があり、防錆についてもモニタリングされているようです。
湿度計。よく見えないが60%程度のよう。防錆の目安は50%なのでほぼ良好。

岡本太郎のモニュメントも多数残されています。南ロビーには5つの作品が壁を埋めています。
丹下健三、坪井善勝、川口衛と岡本太郎の組合せは日本の一時代の輝きを感じます。岡本太郎のモニュメントにここで出会うと、現在の建物が軽い軽いと笑われているような感覚に陥ります。
構造の先進性は次のオリンピックへ向けて構造家を挑発します。
こちらは志水晴児の岩のモニュメント。力強いです。ウルトラマンのロケでも使われたのだとか。

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