カラトラバの傑作リエージュ駅 (Liège-Guillemins railway station, 2009)
カラトラバ氏の設計。
ベルギーの南、リエージュ州の州都の駅です。
建設は1996に始まり、13年かけて完成しました。鉄道で分断された街を橋でつなぐというコンセプトがあり、ホームの下の売店があるフロアが広場から平面で入れます。
屋根のアーチスパンは160m、高さ32m。ザハさんの新国立競技場案はこれの2倍かと思うとやっぱでかいですね。見てみたかった。。
リエージュ駅には、オランダのマーストリヒトから鉄道で入りました。約30分。6Euroぐらい。
ドームに列車が吸い込まれ、その空間に降り立った時のなんだこれは!!感は、これまでで最大級です。
どこから手を付けていいか分からない感じで、あちこちにカメラを向けながら1時間以上かけて駅の中や外を歩き回り、じわじわと力の流れや、細部構造に目が届くようになりました。
カラトラバの作品でときどきがっかりする簡易な接合構造(支承、ケーブル定着、伸縮)など細部構造はなく、また、大きな圧縮部材に無理に鋼材を使うこともなく、安心して見られます。
構造は主屋根はバランスアーチ。入り口の大きなアーチのみ、大きなコンクリートのブロックと複合構造になっており、ここは他定アーチのようです。
屋根の架設検討をしたGreischのHPに10本の梁がついたアーチ屋根のブロックを水平移動させてる動画がありました。
http://www.greisch.com/en/projet/liege-guillemins-railway-station/
アーチリブ基部のコンクリート製リブの造形が良くできていると感じました。
カラトラバ氏はコンクリートもこのような迫力のあるデザインを出すのに何で鋼構造優先で使いたがるのだろう?
上の写真はバランスアーチの屋根を支える基部です。叩いても響きがなく、鋳物とみました。ここは高価です。主屋根は2重アーチになっていて、アーチの形式は、同じくバランスアーチの夢舞大橋(世界初の旋回浮体橋、Lc=280m。大阪オリンピック誘致で建設)と同じです。
カラトラバ氏の作品は、無駄遣いとの批判が常につきまといますが、同じアーチの夢舞大橋で浮体橋を留めるピンなど、材料費を湯水のように使っているのはあちらの方が上ですね。
ちなみに、夢舞大橋は大阪オリンピックの選手村へつながる予定の橋として建設され、その工事費はこの駅の1.8倍。この惑星のオリンピックは異常な金銭感覚を生み出します。
屋根は、基礎のコンクリートが目立つ両端の大アーチが屋根全体を支えているのではなく、多数並んだ骨組み一つ一つが支えているようです。部材は、矩形断面の下面に鋼管部材を溶接する形状になっています。端部の形状の処理も丁寧で、この製作はよく根気よく溶接したものです。
ユーロ圏では、見た目以前に、設計がボルトの設計をいやがる傾向も実は感じるのですが、ここはカラトラバ氏とリエージュ市の熱い気持ちの結晶でしょう。
フランス語圏のリエージュ人はプライドが高く、周囲と区別する閉鎖性があるそうです。そのような気質がこのような大事業を成功させたのかもしれません。
隅々まできれいです。
カラトラバ氏初期の
バックデロダ橋や
アラミージョ橋とは完成度が違います。
維持管理も珍しく?配慮されているようです。
気になる工事費は312million Euro (約370億円)。
京都駅ビルが1200億円。日向市駅88億円(内藤廣、連続立体交差事業)、新幹線駅の設置例で三河安城駅が事業費137億円。
安くはないですが、リエージュ駅は普通の駅よりもっとはるか高値を予想していました。
同じスパンを飛ばす構造物で、橋と比べると、構造(橋)+壁・屋根・設備=建築になるとやはり構造部分以外の金額は大きいと感じることはあります。
工事費が高い代表で、アーチ屋根つながりのザハ氏の廃案になった新国立競技場案。
アーチスパン350m。この工事費は2500億円で、この費用の高騰は、屋根を支えるアーチ構造部材(キールアーチ)が原因と言われていました。
キールアーチの鋼材は約9,000ton。屋根材の鉄骨を入れて20,000ton。
比較対象として、他の国家プロジェクト、明石海峡大橋の鋼材は高強度のケーブルや一般橋でほとんど使わない高強度鋼材が使われて212,000ton。一桁違います。
国立競技場の鋼材量20,000tonでは、明石の主塔1本も立たないです。それでいて事業費は5000億円。水深50mの海底基礎や、深さ60m直径85mの巨大なアンカレイジを含み、その後の海外の吊橋に比べると工芸品のような精度なのに、新国立競技場の値段と比べるとあまり驚かない差になっています。というか新国立競技場の見積もりが異様に高い。
また、天草で工事中のアーチ橋
新天門橋(タイドアーチではないので安上がり。)は、新国立競技場とほぼ同じアーチスパン362mで、鋼材4200ton。工事費は”たったの”90億円です。
90億円の工事のしびれる架設機材は別ページでご覧下さい。2つ作っても180億円。3つつくっても270億円。
2500億円なら28本新天門橋がつくれます!
どうも私の感覚では値段がつり合いません。
橋梁エンジニア周辺では、どう考えてもキールアーチだけで何千億の原因になるわけがないだろう、ゼネコンも相当ふかしたもんだ。という意見を、年配の実務を経てきた人ほど言っていたような気がします。
キールアーチに輸入材を検討している、など当時の関係機関のコスト縮減案は全く子供だましです。
結局、新国立競技場は1550億円に落ち着きましたが、屋根は観客席の上だけ(屋根覆わなくてよけりゃそりゃ全然違うでしょうよ。)、収容規模も小さくと、前提条件を当初案から変えて原因をうやむやにして、ザハ氏を悪者にし、伊東豊雄氏を当て馬にし、日本らしい閉塞感に満ちた結末でした。
この辺の議論は、内藤廣氏が意見表明されたり、ネット上でもいろいろな議論がありましたね。
http://www.naitoaa.co.jp/090701/top/forarchitects.pdf
こういう施工者、発注者主導による混乱をいやがる建築家は、フランク・O・ゲーリーのように、建築家が施工図設計や工事費の管理を一通でやる方向に進んでいくのでしょう。
だいぶ話がそれましたが、この駅が370億円*ならば、鋼構造の製作はきれいだし、リエージュ市はいいものを遺したのではないかと私は思いました。
*日経アーキテクチャの記事では160Mil Euro(1999)から、北京オリンピックによる資材高騰で460mil Euro(2008)に跳ね上がったという記事もあり、実際は怪しいかもしれません。
さて、リエージュ。日本では、東京オリンピックのエンブレムがリエージュ劇場のマークの盗用だと訴えられたことで一時期有名になりました。
ベルギーと言えばクラフトビール。ブレ(Boulet à la Liégeoise)というリエージュ名物の肉団子を食べながら、クラフトビールを厳選できずに、ふらふら夜の道を帰りました。
瓶の奥にずらっと並ぶ樽生ビールのタップ。入ったのはラ・ヴォードレーLa Vaudréeというバー。