2025年7月17日木曜日

ヨークミレニアムブリッジ、純ステンレスアーチ

ヨークミレニアムブリッジ (Lc=80m, 2001.5)

 ヨークのOuse川にかかる橋。イギリスのMillennium projectで架けられたIconic bridgeの一つ。”ミレニアム”と派手な名前と外観に似合わず、閑静な住宅地にあり、きれいに区画されている様子から新しい住宅地と住宅地を結ぶ橋です。
設計はwhitby bird and partners。マンチェスターにある同じようにアーチリブが傾いた歩道橋の設計もしています。

マンチェスターの橋は、平面曲線があり、ハンガーはケーブルではなく鋼材です。比べるとこだわりの橋脚形状にささやかな共通点があります。
アーチリブは60mmのステンレス厚板。アーチリブにダンパーらしきものが2つある。アーチリブが軽いので、TMDのマスが小さくこのカバーの中に収まるのかもしれない。
ステンレス製ケーブル。ベンチ側に主桁が寄せられていて、ベンチの下は箱桁がある。
ケーブル定着点は、少しでもケーブル角度が重心位置に近づけられるように路面より少し高い位置、ベンチの上に設置されている。ケーブル本数を増やしコンパクトな定着で目立たない。メンテ上も上に出ていた方がいい。
ステンレスはアーチリブとケーブルに使われている。桁下の桁と柱は鋼製。完成から16年の2017年時点で腐食が目立ってきている。

ステンレス製のアーチ本体はDuplex stainless steel, Grade 1.4462, 厚さは20mmと60mmです。ケーブルはφ19のステンレスGrade 1.4401
アーチの角度は50度
高欄もステンレスです。

桁は曲線ではないので、桁の片側で吊れば、単純に捩れが出ます。この捩れを最小にするために、桁は頂点をケーブル側に寄せた三角形とし、ケーブルの角度はかなり寝かせてケーブルの延長が桁の重心位置に近づくように設計されています。アーチリブ自身の自重がステンレスのおかげで軽いので、アーチを大胆に傾けても寝ることで作用する横方向の曲げは小さいという利点がありそうです。

桁断面は、重心をさらにアーチリブ側に寄るように、ベンチの部分は実は箱桁が突出した形状になっています。強引な解決策ですが、ずれたまま桁のねじり強度に多くを期待するよりもエンジニアの良心が感じられて楽しいです。
また、ケーブル定着点は、少しでもケーブル角度が重心位置に近づけられるように路面より少し高い位置、ベンチを設けた高さに定着されています。

桁断面が見れるリンク。8ページ目。このパンフレットで紹介されているうち、ロンドンの2つのステンレスを使った橋は既に撤去済み。残念といえば残念ですが、いずれの時代でも技術革新のスピリットがあるのがイギリスの橋の楽しいところです。
http://www.imoa.info/download_files/stainless-steel/euroinox/Pedestian_bridges.pdf

アーチリブには2つのTMDがついています。単弦アーチなので横方向の全体座屈に抵抗するようにアーチリブの形状は、200x600の扁平な形状。
アーチリブ側の定着点は、アーチリブの中に隠されているので、構造がすっきり見えます。ステンレスの吊材は、定着点の重たげな塗装が見えないので近くで見たときに軽やかです。

この橋、下部構造が傾いていて、アーチ軸力による反力は地盤に伝えられているように見えますが、構造はタイドアーチのようです。アーチリブと下部構造の接続は非常に心細い物で、軸力を伝えているようには見えません。

ヨークミレニアムブリッジは、ヨーク駅から少し距離があります。2kmくらいです。当日街の祭りの日で、バスは渋滞、タクシーは行列で乗れそうになく歩きました。
ヨーク駅に隣接して、国立鉄道博物館があり、美しい機関車が並んでいます。マラード号やロケット号を見ると、ヨークやソーナビーにある挑戦的な橋がイギリスで計画、施工されるのは必然に感じられます。
蒸気機関車の最高速度記録203km/hをもつマラード号。後ろに写る跨線橋はイギリスの鉄道駅で見かける形式で合理的な形状で美しい。博物館に像があるのは父のジョージ。ハイレベル橋やブリタニア橋の鉄橋は息子のロバート。

[写真] マンチェスターの傾いたアーチの橋Merchants Bridge

Merchants Bridge マンチェスターの傾いたアーチの橋、1995、Lc=38m

設計はヨークミレニアムブリッジと同じwhitby bird and partners。

いくつかの傾斜したアーチリブを片側に配置しバランスさせた橋梁の中で、桁も平面的にカーブさせているので、より理論的にバランスさせている歩道橋。

桁のパイプ径は30cm程度で、アーチリブ側に配置されている。

運河の航行が盛んな箇所にかかっており、桁下の確保のために桁高が薄いことが求められる。マンチェスターは鋼橋の楽園。背後に1894年の魅力的な鉄の橋Great Northern viaductが見える。
アーチ側のパイプから外側へなだらかな三角形を描く箱桁。ねじり剛性を確保している。ハンガーはケーブルではなく、鋼材のH型断面で剛性が高い。これらの剛性は、アーチリブの座屈防止や振動に対する安定性の向上に寄与する。
桁が直線ではなく、より厳密なバランスに近い、と思う。
ヨークミレニアムブリッジと同じように、基礎がアーチリブの方向に傾けられている。桁下には沓があり、構造は上下で分離されたタイドアーチなので、橋軸方向に力は作用していない。基礎の傾きはアーチのラインを連続するように考えられた設計者による意匠
曲線の内側は柱。曲線の外側が細い鋳鋼製の棒で、力学的な力の方向=垂直に配置しているのは引張力が作用するのか?
パイプ径は30cm程度。
建築家は白が好きだが、特にヨーロッパでは汚れが目立つ橋梁が多い。写真の2017年はまだましだったようで、2024年のStructuraeの写真を見たら、汚れに落書きで田舎の水管橋でもそこまでひどくないという姿になっていた。。

広島平和記念公園 、柱の回答。

広島平和記念公園 


広島平和記念公園 、原爆の子の塔(1958)

川口衛氏設計のブロンズ像の台座となる塔。川口氏の最初の設計だそうです。

非常にシンプルなデザインに意匠としても繊細さが感じられますが、RCシェル造を縦長にして構造面でも新しい物への挑戦ごころが見える面白いデザインです。

この塔に構造設計者としての矜持を認識させられたのは、その著作からでした。詳しくは
「川口衛、構造と感性、2015年9月」をご覧ください。
引用
「寿命の長いブロンズ製の像の台座として、それ相応の耐久性が必要であることはいうまでもない。設置後30年や50年で、クラックが入ったり、鉄筋の錆がしみだしてきたのでは、さまにならないからである。
きゃしゃな脚の塔を普通のコンクリート構造として施工したら、水の多い、しゃぶしゃぶのコンクリートを打たれてしまうことは、目に見えている。そこで、塔を縦に3等分し、各ピースを内面を上向きにして、工場でコンクリートを「平打ち」することにした。これなら、安心して固練りの密実な耐久性の高いコンクリートを打つことが出来る。これらのピースを組み立て、ジョイントの鉄筋を溶接し、接合部を固練りのモルタルで固めるという方法を考えた。
耐久性に関するもう一つの懸念は、足下からの水の「染み上がり」(毛細管現象)による劣化であった。これに対しては、ステンレスの鋳物の「沓」を履かせることで対応した。」

沓の写真へのリンク(川口衛構造設計事務所)
https://kawa-struc.com/%E5%8E%9F%E7%88%86%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%AE%E5%A1%94/?ref=langjp

この30年、50年先、ずっと生き続ける構造を想像し、形だけでなく経年後の姿を設計の要素として必須と考える姿が、本来インフラに関わる人間があたりまえのように持たなければならない技能ではないでしょうか。
近年でこそ、高速道路の更新などで初期の維持管理性の正当性が認められるようになりましたが、エンジニアはもともとこうした問題を知っているはずで、川口氏のように責任をもって構造設計に考えを取り入れる技術者が入ったプロジェクトは幸いであると思います。

いくつか見学していると、ひらめきが優れていてもファンになれない構造があります。
それは、数年で劣化したように見えるデザイン橋梁であったり、建築家さんが、完成時の写真をいかにきれいに撮るかに情熱を燃やしている姿を見るとなんだかなあと違和感を感じる瞬間であったりします。
川口氏の設計過程を読んで、そんなのあたりまえだ。と言ってくれたような気がしました。

平和記念資料館 (1955)

丹下健三、昭和24年36歳の設計コンペ。
柱の問題に唯一答えられた回答。
”柱”はどの橋でも必ずあり、意匠について様々な提案がなされています。多くは必要寸法に面取りやスリットを入れる、上端の横梁へのすりつけを工夫するのが標準的なアプローチで、どうしても付け焼き刃なアプローチから抜け出せません。

国内の土木業界では、施工の手間を最小=善が設計者にしみついており、わずかでも変わったことをしようものなら、型枠が、配筋が、と、設計を知らない者という目で見られることを覚悟しなければなりません。
施工が難しいことが耐久性につながることは事実ですが、程度がある話で、施工原理主義に陥っていないか、自信を持って判断するのも設計者の経験の積み重ねがなせる力だと感じるようになりました。

以前、溶接の疲労損傷の権威とされる先生が出席される場で、日本では架設ブロック間の継手を施工時間の短縮や精度確保のためにボルト継手が採用されることが多かった頃に、箱桁の外周を美観のために溶接で設計した橋を紹介したことがありました。このとき、先生から品質管理をすれば溶接の選択はいいと思うと言葉をかけられたことがあります。技術を知る人こそが固まった考えにとらわれないことを感じた時でした。

公共財ではない建築は別として、海外では、橋梁技術の進展が遅れた国や、美意識への追求が強い一部の欧州ではその制約は少ないように感じられますが、一方で、自由になったからといってそれほどデザインの幅がないのが柱です。

良い(悪くない。)ケースも景観を邪魔しないサイズを見出す、たとえば、桁の線の流れを阻害しないように極力細くする場合や、逆に大きく、ボリューム感で圧倒させることもあります。しかし、柱そのもののデザインが解を与えて感心したものは思い浮かびません。

この柱を除いて。

この丹下健三氏の柱は何千何万とある柱の中で、私の中で圧倒的な差を付けた解として存在しています。一本の柱として、コンクリートの素材を否定しないテクスチャとサイズ感、無機物にならない傾斜、あざとさが出ない曲線は、端部の断面積を減らしすぎず構造上に必要な有効断面を確保しながら柱ではない印象を与えている。
柱の群としては、正面から見たときに細く、ゲートとして見せる間隔。幅方向には涙型から矩形に移行する配置に違和感を感じさせない。

後で見返してもこれ以上の柱が世の中に作れるのかと、その感性と、おそらくここに至る試行修正の連続があることを想像し、世の中には届かないものがある気持ちにさせられます。

ニューヨークの芸術的植栽2 リトルアイランド

 Little Island NY 2021

ランドスケーブデザインはMNLA、アーキテクトはHeatherwick Studio。構造設計はArup。ハドソン川の54番-56番埠頭跡の木杭の間に設けられた上に浮かぶ東京ドーム2個分の公共公園。

海上に浮かぶリトルアイランド。小さいようで東京ドーム2個分。魚の生息地を保護するため太陽光が人工地盤下まで届くよう柱の高さは南西端が高い。写真は北東端。

ハドソン川の埠頭は埠頭毎に整備の進捗はまちまちだが、ハドソンリバーパーク法により整備される。歩道はきれいでランナー天国。

リトルアイランドの54-56番埠頭から、ハイラインを通って3.5kmアップタウンに向かうと86番埠頭にインプレピッド海上航空博物館がある。

52番埠頭

ハイラインの入り口付近に位置し、ハイライン同様に植栽の多様さと、そのパズルに気が遠くなりそうな絶妙な配置に驚かされたので、同じガーデンデザイナーかと思いましたが、異なるガーデンデザイナーでした。ランドスケーブデザインのMNLAは、33名のデザイナーの3/4が女性で、ニューヨークを中心に活動する設計事務所のようです。

35 種の樹木、65 種の低木、290 種のイネ科植物、多年生植物、蔓植物、球根植物があり、その多くは香りと鳥や花粉媒介者を引き付ける魅力で選抜されたそうです。


外周や景色の区切りにやや高めの樹木
上手に植物を切り替えたりはみ出させたりで打ちっぱなしのコンクリートの区切りが醜く見えない

鋼管矢板やさび色の棒鋼は埠頭という場所柄に違和感がない。ポットによる土木のアレンジは比較的一様なようだが、植栽が全て異なる。庭がなだらかに変化していく感覚で、マンション入り口のような人口的な印象や、植物園のようなあざとさは感じない。

時間がたって勝手に繁殖して領域を侵していく植物を活かすのか元通りを維持するのか、そこのさじ加減は、植物園並の植物の管理があって成り立っているのだろう。


人工地盤

人工地盤として植物のための土壌を作り上げるポットは、132 個のプレキャスト コンクリートで構成されている。ポットの形状は、39 種類の異なる型枠形状が使用されている。

 複雑な形状のパーツはARUPがDegital Fabricationと呼ぶ3次元モデルを用いた、材料の最適化、3Dプリンターや3D型枠と連携したモデル作成技術により、複雑な形状を39種類の型枠に落とし込んでいる。BIMを活用の好例で、2Dでは困難な形状を再現するだけではなく、型枠をパターン化したり、無駄な断面で材料が過剰にならないように形状を見直すことで、経済的になることが売りになっています。

Arupのページでは、Little Islandの工事の動画があり、構造が理解できて面白いです。BIMなしには成り立たない設計であることがよくわかります。

https://www.arup.com/services/digital-fabrication/

各ポットは水面下 60mの岩に打ち込まれた杭により支えられている。マンハッタン島は5億年前の変成岩(花崗岩、片麻岩、ドロマイト系岩石、片岩:マンハッタン片岩)の岩盤上にあるので、支持層が60mもあるのか?と思って調べてみると、ハドソン川は氷河期のフィヨルドに浸水したもので、両岸の地盤の良さとは異なり堆積前の地形が深く、支持地盤が深いらしい。ハドソン川の上流にあるジョージワシントン橋は両岸に岩が露出していたが、主塔基礎は、計画時が24m、工事では水面から58mとの記載があった。

資金は、バリー・ディラー氏という、ハリウッドの映画会社などの最高経営責任者(CEO)などを歴任してきた富豪のファミリー財団が開発資金2.6億ドル+1.2億ドルの維持費を提供したそうです。さすがニューヨーク。

ポットの形状は工事中の画像を見ると、すり鉢で架設し、上面に場所打ちのスラブで平面にされる。すり鉢の中は空洞で土は入っていない。排水は上面を流れるため、全体の中央の標高が低いところで排水されているのだろう。
防水。よい仕事。
スラブの損傷があって浸水したか。上の土をすべて取り除かないと補修できない。水は構造物には残酷。

地形の作り方が巧みで、上り坂は意外と急に作られていて、マンハッタンにはない山登りの感覚が楽しい。

ハイラインもそうだが、花が咲く場所をちりばめるのも部屋の鑑賞植物の配置のように完璧で、見る側が気がつこうと思わなくても自然に美しい景色に囲まれさせてくれる。大富豪のおかげだが、これがオープン(無料)なところが素直に物を感じることができる理由のひとつかもしれない。

山の上からWTC

これを自分の家でやってみたい衝動にはかられるが、60kgくらいの庭石一個を10cmずらすのも難儀するし、植栽を計画してこの1/100が作れたとしても、2,3年の繁殖と雑草で見るも無惨な状態になるのは田舎暮らしでは常識。家の庭の畑がちょうど6mのポット1個だが、一年草の野菜で毎年リセットできる条件でも、一年通して許せる見た目で維持するのはかなり難しい。

庭いじりはお金よりも、永続的な根気を要する趣味です。

参考:MNLAのプロジェクト紹介

https://mnlandscape.com/projects/Pier_55

参考:日経アーキテクチャの記事、プレキャストの構成図がわかりやすい

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/database/blddb/00392/