2017年2月11日土曜日

クライミングウォールの製作(その3)防水

クライミングウォールの製作(その3)

1.最初の防水対策

防水対策の第一歩として、ウォールの上にはポリカの波板をつけています。これはあるかないかで大違い。波板の下になる合板の裏と骨組みは2年後もまったく変状ありませんでした。
初期の塗装は、木材保護のために、防水層を作った方が長持ちするだろう程度に考えて、パワーテックを二度塗りしました。芸術的に仕上げる必要はないのでローラーでびゃーっと2度塗り。気楽です。裏の骨組みの木材にも塗りました。
さらに、1年後に変色したところとこば面を一部上塗りしました。

2.2年経過後の状況

丸2年が経過し、雨水が直接あたる表面から塗料が膜になって剥がれ始めました。
合板の素材は剥がれたところの下が黒く痛み始めた感じです。
塗膜が木に密着しているところの木の色はまだまだきれいです。

また、裏面は2年以上経ってもほとんど変化なしです。日光にもあたっていないので、変色もありません。
木材の弱点であるこば面は、1年目に厚く塗り直したのと、ざらつきが付着を良くしているのか健全でした。

雨の日に撮影したウォールの状態です。
裏面は屋根のおかげで雨水が侵入せずきれいな状態です。
表面は、吹き込みの激しい下側のコーナーが濡れています。やはりこの部分は木材の傷みが早いです。

屋外の木材は、
・無対策で2-4年で腐朽
・加圧注入防腐剤で10年
・木材保護着色塗料では、キシラデコールのような含浸型で2-3年の塗り替え
・造膜型で4年での塗り替え
が目安だそうです。(参考)防腐処理ごとの耐久年数、林産試験場
https://www.hro.or.jp/list/forest/research/fpri/dayori/0404/2.htm

最初に使ったパワーテックは塗膜で防水効果を高める造膜型ですが、木材の防腐効果はないということが分かりました。
この塗料では、塗膜がある限り木材は健全ですが、塗膜が離れてしまったら腐食は無対策同様に進行してしまいます。

2.再塗装の塗料選び

ウォールのこれからのライフサイクルを考えて、2年目で塗装系の見直しです。
まずは、再塗装の塗料選びです。

まず、ホームセンターで買ってみたのが、ニッペの油性木部保護塗料です。
この塗料は、「合成樹脂調合ペイント」に分類されます。「合成樹脂調合ペイント」はポリエステル樹脂系塗料のアルキド樹脂塗料の中で長油性に分類されるものの”JIS規格名”です。いわゆるペンキの分類になります。
塗膜が作られるので、いつかは塗膜が割れて剥がれてしまいます。

似た用語で、「合成樹脂塗料」がありますが、合成樹脂塗料はアクリルやウレタン、シリコンなどの合成樹脂を原料にしてつくられた塗料の総称で、「合成樹脂調合ペイント」はこの一部になります。ただし、「合成樹脂調合ペイント」は、同じ合成樹脂塗料の中では、ウレタン、シリコン樹脂塗料と比べると塗膜の耐久性は劣ります。

といったことを学んで、屋外クライミングウォールにふさわしい塗料を再度探し直しました。

なお、塗料の種類について、下記のページが知りたいことが簡潔に書かれていて参考になりました。
https://www.kokoroiki.com/architecturalfinish/wood.html

ここで、今後のメンテナンス最小化を考えると、木材の塗料選びには2つの方向性があります。


(塗料グループ1)  初期耐久性の高い塗料で塗り替え間隔を延ばす

造膜タイプの塗料で、その中でも高耐久性塗装を選定する。この場合ウレタン樹脂塗料が市販品ではもっとも耐久性が高そうです。
製品名では、ニッペ油性ウッディガード(ウレタン樹脂塗料)、アサヒペン油性ウッドガード(アクリルウレタン樹脂塗料)など。

鋼構造の塗装で、メッキを除けば、市場に出回っている中で最も耐久性の高い塗装はフッ素塗装です。ただ、木材の塗装では、材料の伸縮が大きいため、表面の塗膜の耐候性だけ良くても割れてしまい、こちらが塗料の寿命を決めてしまうので、物質としては優れているもののフッ素塗装の製品はないようです。

このタイプは、4年くらいの耐久性がありそうなので、しばらく放っておけます。
デメリットは塗膜が形成されるため、寿命が来ると塗膜割れ、めくれが生じ、塗り直し時にこの塗膜の除去をしなければならないことです。

(塗料グループ2)  耐用年数は短いが塗り替えが容易な塗料

塗膜をつくらない浸透タイプの塗料を選定する。
浸透タイプは、造膜タイプと比較して1回目の耐用年数は短いものの、塗膜がないため、再塗装時に下地処理に劣化塗膜の剥離作業がなく、重ね塗りが可能で、3年後の作業性が良好です。
製品名では、キシラデコール、和信化学工業のガードラックなど。

公共構造物であれば、一回ごとの工事費は高くても、回数の少ない(塗料グループ1)がライフサイクルコストが安いということで選ばれるかもしれませんが、塗る相手は家の庭でいつでも手出しできるのと、塗膜はがしの労力は、再塗装をする気力を奪う面倒さであることを今回学んだので、迷わず(塗料グループ2、浸透タイプ)を選ぶことにしました。

製品選びでは、浸透タイプと称しながら、ごく薄い塗膜を作る製品もあり、なかなか正体を知るのは大変です。

たとえば、ニッペの「水性ウッディガード」は、ある情報では浸透タイプに分類されていましたが、特殊アルキド・アクリルエマルションペイント(アクリルを乳化した塗料)で、浸透+ごく薄い塗膜を作り耐久性を向上させる塗料です。
さらに同じ商品名「ウッディガード」でも”油性”ウッディガードはウレタン樹脂塗料で、造膜タイプだったりします。

結局、塗料は和信のガードラックラテックスを選びました。

ホームページに塗り直しのタイミングや提案が書かれており、塗り重ねが問題ないことが明記され、塗装計画が立てやすいです。
木材の塗料が3年で塗り直しが必要なことをきちんと書いているページはなかなかなく、長期間の塗装計画案が提案されている和信さんは誠実であると感じました。
http://guardlac.jp/study/timing
ガードラックProはにおいが強いようなので、ガードラックラテックスにしました。
ガードラックラテックスを塗った状態。塗膜がなく光沢はない。木材が塗料を吸い込み表面は木目が見える。さらさらした表層で好印象。
色はハニーメープル。ガードラックに、ナチュラルという透明のように見える色がありますが、これはナチュラル風の色が付くものです。

また、キシラデコールの上にガードラックアクアを上塗りできるか和信化学に問い合わせた方が、問題ないとの回答を得たとの情報があり、塗料の付着がよさそうです。
将来、より傷んだときの塗り重ねも容易そうだという点も安心感になりました。

塗り直しの時にはウッドリカバリーという塗装の上から染み抜きをする製品もあるようです。

3.古い塗膜はがし

塗料も決めていざ塗り直し。

再塗装にあたって、非常に大変だったのは、剥がれかけの塗装の塗膜剥がしです。

剥がれかけたところは、アラカンやスクレーパーをつかってばりばり剥がれてしまうのですが、塗膜として木材にしっかり付着した健全なところを剥がすのが大変です。

試行錯誤

・ホルダーに付けた紙ヤスリ(×)・・・いつもはパワフルなこいつも、健全なところの塗装はがしは粉が出るだけでまったく母材に到達する気配がない。
・アラカン(×)・・・剥がれかけの塗膜はがしは紙ヤスリより剥がせる。ただし、健全な塗膜には傷が付くだけ。
・オービタルサンダー(×)・・・これも紙ヤスリと大差なし。
・スクレーパー(△)・・・浮いてしまった塗膜はがしは、スクレーパーで削るのが簡単。100均で買ったものが活躍しました。健全な塗膜にはもちろん役に立ちません。
・ベルトサンダー(×)・・・研磨力は強く、期待大に見えますが、パワーがありすぎて、塗膜を溶かして表面にべたーっと黒く伸びて古いガムのように貼り付いてしまいます。一度貼り付くとこれを剥がすのは大変。後で塗膜剥がし剤を使った後の広い面積の素地調整にはさすがのパワーを発揮しました。
・グラインダー①紙ヤスリの多羽根ディスク(×)・・・まあまあ削れますが、削れる面積が小さく、その部分がえぐれてしまう。塗料が溶けてべたーっと溶けて貼り付くのと、ディスクも目詰まりします。
・グラインダー②ナイロンディスク(○)・・・目詰まりせず、付着の強い塗料もなんとか剥がせます。これが削り系工具の中では一番使えました。しかしナイロンディスク1枚で合板1枚持ちません。
以上の削り系の工具では、ディスクグラインダーにナイロンディスクの組合せが最も使えましたが、それでも、合板5枚分の面積の塗膜はがしを終わるのはいつになることやら、という効率の悪さです。これをやるくらいなら、新しい合板を買って付け替えた方がいいです。

最後に、塗膜剥離剤(◎)
きっと、木材を傷めて汚くなるだろうなーと予想して、最後の選択肢になったのですが、これがなかなか優秀でした。
塗膜の材料と化学反応してぶよぶよした物質に変化させます。おそらく反応し易い、し易くない塗料の種類があるのと、適量をけちると反応しきれないことくらいが問題で、剥がした後に、塗装準備でヤスリがけするので見た目も問題ありませんでした。
合板上のパワーテックをはがすときの例ですので、はがす塗料の種類によっては全く違う結果になるかもしれません。

塗膜剥がし後、ベルトサンダーで素地を作りガードラックラテックスを塗って再塗装完了

ついでに作業台の天端板。こちらは手っ取り早くあきらめて、近所の製材所でプレーナーを掛けてもらいました。ご厚意により購入材と同じ100円+消費税で、あっという間に新品状態。

作業台の塗装は、木目を綺麗に出したいので、半屋外でウォールよりは環境がよいこともあり、透明なニッペの油性木部保護塗料にしました。

さて何年持つか楽しみです。

佐々木睦朗氏のシェル構造をもつ岐阜の建築2点

佐々木睦朗氏のシェル構造をもつ岐阜の建築2点

瞑想の森市民斎場 (岐阜県各務ヶ原市、2006) 伊藤豊雄と佐々木睦朗(構造)の作品
北方町生涯学習センターきらり (岐阜県本巣郡北方町、2007) 磯崎新と佐々木睦朗(構造)の作品
右側の高い部分が構造寸法を決めている火葬炉です。見学にあたって心に留めておかれるとよいと思います。
同じ佐々木睦朗氏がシェルの最適解を分析し、建築の屋根に適用した二作品を岐阜周辺で二点見学しました。構造の可能性が建築でどう生かされるか、構造デザインと意匠・空間デザインの比重を感じられるかと思いました。
佐々木氏の最適解の分析は、ひずみが小さい、つまり、曲げが小さくコンクリート向きの軸力構造になる形状を見つける作業を、当初は、繰り返し形状を変えて解析していたものを、パラメーターを与えると自動で計算出来るようなプログラムを開発して容易にあたりを付けられるようになっているそうです。(フラックス・ストラクチャー、佐々木睦朗著)

建築を見ながら考えたこととして、ひとつは構造は建築の特徴を決めるが、構造はある種の定義のようなものでそれだけが使用者が感じる空間を支配するものではない、この点は、インフラ構造と建築の大きな違いであり、インフラ構造物は設計において構造の要求が圧倒的で、空間が利用者の使用性に影響を与えることへの比重が小さい、その比率ってどのくらいが適性なのだろうと考えながら眺めていました。
インフラ構造に構造の比率が高くなるのは、求められる機能・耐久性と事業規模から来る必然でもあり、また、どこまで配慮するのがいいバランスなのか。ここが、愛される構造物なのか、単なる物体との分岐点なのでしょう。
このバランスを崩し、極端に意匠に走って、インフラ構造の設計寿命への認識が甘いものも見られますがそれはそれで気持ちのいいものではありません。

具体的に、瞑想の森で感じたことは、外から見た主に屋根・構造デザインに起因して感じる面白さと、一方で、室内に入ったときの斎場としての落ち着きを与えたり、曲面の構造の足や屋根が与える異次元の空間にいるような浮いた感じを与える空間の設計力(意匠といってしまうにはもっと実用に近いし、空間のデザイン力という言葉が私の感覚です。)は、同じ設計の中でも片方が出来たから直接的に相互につながるものではないということ。
それを緩やかに区分しているのが建築の分業体制なのかなとか考えました。それを分業の一方の頭が大きく占めることもあるし、割り切ることもあるのかなというのは建築部外者の想像です。
建設中の型枠の写真がこちらにあります。10+1 web site
最近は、ゲーリーの建築やオランダの橋梁で需要に応じて曲面型枠の技術革新も進んでいるようです。

もう一つの佐々木氏のシェル屋根をもつ、北方町の磯崎新のコミュニティーホールでは、磯崎氏は構造に手を出さない、最適解を優先とするというような(丸投げ)と読めるようなことを述べていますが、結局、最適解の条件を与え、かつ、その局面で構成される空間はおそらく磯崎氏のグループで組み直されるという分業がなされているのだろうと想像しました。いい構造物を成立させるための有機的な流れとして、シビルの人間として頭に入れておけるといいなと思いました。
単純な見た目で言うと、同じ佐々木氏のシェル構造を使って、伊東氏は特に窓際に立ったときの室内と外の境界としての使い方がうまいなあというのと、磯崎氏は、隣のマンションから上から見下ろされる建物として、金属板葺きの処理に気を遣っていたのが印象的でした。バルセロナの競技場の屋根と似た印象を感じましたが、あちらは金属網と陶器でした。同じ建築でも北方町の建物は住宅地に合わせるような落ち着いたトーンでした。
北方町の建物は、小さい空間に多くの曲面が詰め込まれている窮屈な印象を少し感じました。
縁の樋の処理やら水の処理は悩ましい

瞑想の森の見学
朝9:00から9:30の間、職員の方が朝の準備をされている間に見学させてもらえます。
入り口で見学の旨を伝えて、記帳後見学します。
場所が場所だけに折り目正しい対応でした。
南に5km下ると各務ヶ原大橋(連続フィンバック)。こちらもいろいろ面白い構造です。

北方町生涯学習センターきらりの見学
閉館中でだれもいませんでした。全体を磯崎氏がコーディネートし、妹島和世も参加されている大型県営住宅ハイタウン北方の敷地内にあります。アクセスは岐阜駅から北方バスターミナル行きのバスが1時間に数本出ていました。所要30分。伊東豊雄氏のぎふメディアコスモス前からだと忠節で一回乗り換えのようです。
私はメディアコスモスで時間がかかってしまったので、翌日、車で行きました。駐車場にとめて周囲を歩いていたら、修繕工事をしていた方に入り口のチェーンと南京錠が掛けられて焦りました。

2017年2月9日木曜日

グッケンハイム美術館ビルバオ

グッケンハイム美術館ビルバオ (Museo Guggenheim Bilbao, 1997)

フランク・O・ゲーリーの代表作。

1970年代にバラナルド市、ビルバオ市など、ネルビオン川流域のビルバオ都市圏の鉄鋼業、重工業が衰退し、25%もの失業率、環境汚染を抱えた都市再生のひとつの目玉として誘致されたビルバオ市の中心的な建築です。
1989年にビルバオ都市圏再生戦略構想に基づき1992年に建設が決定されました。
美術館が建設されたビルバオで最も観光客が集まるアバンドイバラ地区は、鉄道の操車場跡地です。

ビルバオの都市再生はグッケンハイム美術館の成功が目立ちますが、再生戦略はいくつかの有名建築の誘致だけではなく、ネルビオン川沿岸の広域にわたる都市生活、環境改善のための再開発がなされています。地下鉄による交通ネットワーク、バラカルド市の50haの公園、生活圏の開発など各地区の開発が並行して進められています。
産業構造ががらっと変わる都市を継続させるには、一点豪華主義で再生できるわけではなく、グッケンハイム美術館などの芸術品は再生事業の最高のアドバルーンであったということかと思います。

往時はスペイン全体の60%の鉄を製造したそうですが、今では、ビスカヤ橋や、沿岸に遺されたオブジェからしか重工業地帯の面影は想像出来ません。
さて、目玉の建築物、現地で実物を見た印象は、大きさのわりにこじんまりして見えて、予想していたよりも驚きは少ない方でした。
なんとなくその自由な表面構成のおもしろさを、”やってしまった”とまでは感じにくいスケールのように思います。

一方で、そのエントランスを入った背の高いホールの骨組みの造形、ボリューム感は興奮しました。

鋼、コンクリート、石材、ガラスの素材の組合せ、ぶつ切りの形鋼や、ぶっとい円柱や大きな曲線で構成されている様、楽しいです、この無秩序な構成。見せてしまうと面白くない鉄骨の骨組みはうまく隠れて構造は気になりません。
この印象的なエントランスは、クライアントから、アナトリウムそのものがアート作品であるべきだという考えを手がかりにどこまで形をぐにゃぐにゃできるか突き進んだそうです。

フランク・O・ゲーリーの建築の評価は、構造は張りぼてであるが、そのデザイン模型から設計図面を作るシステムを構築したことは注目すべきである。と辛口に評されることがあるようです。

つまり、奈良の大仏様のように先に外見があり、骨組みはそれを支えるように配置してあるだけ。(だから、建築的にはちょっとね。という自負心、または、皮肉が含まれているように感じます。)
ゲーリーの建築は、極端に意匠寄りに傾いているために、好みで当たり外れが大きい作品群になるのかもしれません。

ただ、大仏様のように意匠中心の物体も、人にとっては”引き寄せられる物”です。
実際に、来館者数は最初の8年間で920万人と、当初予想の年間50万人を大幅に上回ったそうです。
ゲーリーの設計手法は、ダッソーシステムズ社が航空機産業のために開発したソフトCATIAからジム・グリンフがコンピューターシステムを構築したことで実現が可能になったと著書で説明されています。
スタディー模型から設計の作業は、模型をCATIAでトレースしてデータに変換し、それをCAD化し、骨組みを作り出し、2次元図面は最後に出来上がるという流れを構築することで、形態の自由度が実現されています。

もう一つ、彼のグループのコンピューターシステムで実現した機能で、彼の自由度を拡げるために模型のトレースよりももっと重要と思われる機能が、積算、施工図設計です。

ゲーリーの発言で、非常に親しみを感じた文章があります。

「(前略) ところが実際は施工業者はクライアントの所へ行き、「この壁を真っ直ぐにすると100万ドル節約できます」と言い、クライアントは「ワオ!」と反応するのです。しかも、クライアントはときどき提案をのんでしまう。また施工業者は、工費をにぎっていることから、設計プロセスの中で親的な役割を果たし、そして建築家の役回りは-クリエイティブな-子供と言うことになります。「クリエイティブなやつがまた来たぞ。気をつけろ」と言われるのです。」(フランク・O・ゲーリー アーキテクチュア+プロセス、繁昌朗、山口祐一郎訳)

土木構造物でここまで意匠寄りのものを作ることはないと思いますが、このような不自由度は理解できます。ゲーリーの大きな功績のひとつは、この悪循環をコンピューターシステムで破壊したところではないでしょうか。

出来上がる物が非現実的であればあるほど、極めて現実的なものと闘い、解を作り出す能力が必要で、やはりこういう建築を実現する人は化け物なんだろうなと思います。

wikiによると、工事費は8,900万ドル(約100億円)で、予定通りに建設されたとのこと。近くに橋を架けているカラトラバのように、どんどん事業費をふくらませるクリエイティブな子供と違い、案外、常識的なのかもしれません。
リチャード・セラのsnake
アンディーウォーホールなど展示物の力強さも構造に負けていない。グッケンハイムの力。

表面のチタンは高価なために厚さ0.38mmと非常に薄くされています。採用した理由はゲーリーにより耐久性の高さと説明されています。

美術館に隣接する橋。1972年開通なので、リハビリされた姿だと思います。ちょっと酷くないかい。

参考文献;岡部明子、サステイナブルシティ -EUの地域・環境戦略-, 学芸出版社

クレラーミュラー美術館とその空間

クレラーミュラー美術館

構造から離れて美術館見学ですが、美術館の所在する空間の構成が衝撃的だったので、記録を残しておこうと思いました。

森の中をドライブし、駐車場に車を止める。公園入り口のブースから、国立公園の中の草原や森の中を白い自転車に乗って、数キロのサイクリング。そして静かに現れ、かつ、全容をすぐには見せない美術館。
このプロセスの後に得る絵画との出会いは、都市の美術館での絵の対面とは確実に違う重みを与えてくれます。”演出”と言ってしまうと感じたものより軽くなってしまいますが、これだけのものを人間が作れるのかなあと、近視眼的な橋の計画プロセスとは埋められないほどの差を感じました。
手入れされた森、
草原をゆっくり走り、
美術館が見えてきます。スタッフは最小限、途中で案内やすれ違う人も少ないので、どこを散策してもいい自由な雰囲気です。
美術館へは、三箇所ある美術館から数キロ離れた駐車場から入場。パーキングと美術館の入場券のチケットを買い、フリーの自転車に乗ります。
私が車を止めたのは、公園の西側の入り口、地図で見るとIngang Otterloというバス停がある所。
駐車場の出口は無人で、入場券と一緒に買った駐車券のバーコードをかざして出ます。
アルムヘム(Arnhem)のEuropcarでレンタカーを借りて行きました。

アムステルダムのゴッホ美術館のような混雑はなく、午前中の時間のよいときだったので、筆づかいを前から横から好きなだけ眺められました。
ヘレーネ・クレラー・ミュラーにより1907年(ゴッホの死後17年)から収集されたゴッホのコレクションはファンゴッホ美術館についで2番目の所蔵数。
美術館の計画の変遷を紹介した展示室もありました。
屋外には彫刻作品が自然と見分けのつかないようなこれも見事に設計された広い庭園に配置されています。
庭園を望むカフェ。
美術館や、画家ゆかりの地によく足を運びますが、ここは世界一の美術館と呼んでいいと思います。
親しい人たちにはぜひ経験して欲しいと思わせる場所でした。

「アーティストは自分の作品を重要な場所において欲しいと思っているということです。」
とフランク・O・ゲーリーがビルバオのグッケンハイム美術館について記述していました。

重要な場所におきたいのは、テーティストより、建築家の実感じゃないかなーという気はしますが、もし、アーティストが置き場所を選ぶなら、この場所は文句なしにアーティストに同意をあたえることと思います。

2017年2月5日日曜日

コルドバのメスキータ

コルドバのメスキータ (8世紀~16世紀)

2万5千人収容のムスリムの礼拝堂だった建物の中央にキリスト教の教会が新設された2つの様式が同居する不思議な建築物。
15世紀にキリスト教の大聖堂からモスクに転用されたイスタンブールのアヤソフィアの逆です。
改築を指示したカルロス一世は、中央部を破壊し改築中のメスキータを見て、メスキータがこんな素晴らしいものと知っていたら、工事に許可を与えるのではなかった。と言ったと伝えられていますが、そうだとしても広い列柱が占めるメスキータが広く残っており、往時の技術に敬意を持つ感性は大事だと思います。

構造だけでなく、大理石の色合いの妙、赤いれんがと石を組合わせて装飾された二重アーチが延々と連なる様は壮観です。

Wikiより、建物の変遷は次の通り。

784年 - コルドバの初代アミールアブド・アッラフマーン1世の命により、モスクとして建設される。
961年 - ハカム2世の命により、拡張工事が実施さる。
987年 - アル・マンスール・イブン・アビ・アーミルにより拡張工事、現在のメスキータの形となる。
1236年 - カスティリャ王フェルナンド3世の軍によりコルドバ征服。モスクはカトリックの教会に転用される。
16世紀 カルロス1世により、メスキータ中心部に身廊が増築される。

柱の右側がイスラム建築、左側が挿入された中央部の教会堂。ゴシック様式のリブ・ヴォールトの天井が見える。

偶像、装飾てんこ盛りの教会部分

主要なモジュールである大理石の柱と二重アーチは、他の構造物から転用した大理石の柱を使って高い天井を作るために考えられた構造だそうです。
石積み構造なので、基本的には載せるだけの構造で、設計者はきゃしゃに見える柱の上に重い屋根を積み上げていったときに、さぞ、崩れないか恐ろしい日々を過ごしたのではないかと想像します。これだけの柱が、曲げを伝えない部材で、何かの拍子に水平力がかかればこてっと倒れてしまいそうです。
引き合いに出したアヤソフィアの大ドームは完成までに崩れたり、ゆがんだりを繰り返したようです。こちらはどうだったのか、どんな試行錯誤を乗り越えたのか、エンジニアの挑戦の過程に興味をひかれます。

今回の旅行で時間的にアルハンブラ宮殿かメスキータのどちらかを選ばねばなりませんでしたが、成り立ちの面白さや連続アーチの独自性から今回はこちらに行きました。
非常にユニークかつ、構造が美しく、ここは行ってよかったです。

塔の上から構造全体を見たかったですが、14:00から16:00まで昼休みで入れませんでした。残念。


その他コルドバの観光

コレデラ広場(Plaza de la Corredra)
最初の建物は17世紀にたてられ、19世紀までは役所や刑務所として使われていた。マーケットが併設されている。広い中庭では、闘牛にも使われていたとのこと。
113×50mの広い長方形の広場をビルで取り囲む景色は近代のコロッセオという感じ。

このスケールの大きさと単調さの組合わせは最高です。

バー(Califa)
オリジナル地ビールの店。このバーにかかわらず、駅から街中に午前中からビールが飲めるバーがいくらでもあります。IPAうまかったです。
歩き疲れて、このバーでのどを潤していたところ、幼稚園の兄弟の送り迎えのお母さんが子供とやってきて一杯。遅れてきたスマートな感じのお父さんがまた一杯。
明るい太陽と、アンダルシアの人たち、で、のどが渇けばビール。この世の天国かと思う一方で、こりゃ同じEUのドイツが同じ負担させられたら怒るわ、というのも感じました。



ローマ橋
1世紀に作られたアーチ。橋脚断面は太った飛行機の翼状。河床も滑らかに改修済。

コインロッカー
コルドバ駅の出口を出て、右下にお土産屋さん兼コインロッカー屋さんがあります。3ユーロ。身軽に歩きたい方に。
http://blog.his-j.com/madrid/2015/05/post-42d1.html